こんにちは!昨日は、全国演劇鑑賞会の荒井さんとお話しする機会を得ました。

荒井さんは、もともと演劇をやっていたわけではなく、松本市の天神という料理屋さんで20年にわたりお仕事をしていました。それが、近くに松本市民芸術館という演劇場があったことから興味をもちはじめ、お客さんとしていらしていた演劇関係者との縁で演劇関係のお仕事をはじめられたとのこと。元気バリバリ、はきはきテキパキ、どこかでお会いしたことがあるような感じのステキな方でした。(今気がつきましたが、緑の杜歯科の副院長先生に似ている!)。

演劇は、教育に、そして人生を豊にする上で、不可欠な訓練です。人は誰しも、死を迎えます。そして、それはいつなんどきやってくるかわかりません。その、人生期間という舞台をいかに過ごすのか、ということは、舞台でどんな役を演じるのか、どんな機能を果たすのか、ということに通じます。

私の家庭では、幼少時に指人形の劇をやっていました。日曜の夕食後、襖を舞台の緞帳にみたてて、家族劇をやっていたことを思い出します。

フランスの友人家族は、これを上から糸でつる操り人形でやっていました。ご存知の方も多いかと思いますが、フランスは演劇大国です。いたるところで演劇会が催され、演劇会のあとは、カフェで批評談議となります。そこに憧れたアメリカ人売れっ子脚本家の物語が「ミッドナイトインパリ」です。

実は、日本でも1970年代ころまで、能、狂言、歌舞伎といったものから新劇、アマチュア地方劇団まで、演劇が地域や個人個人に深く関わっていました。それが、金融資本主義が蔓延しだす1990年頃から激しく衰退していきます。

実は、個人の社会的自立(自律)と共同体形成に演劇教育は大きく関わっています。

小学校に入学すると、学芸会があります。体育館は、その期間、手作りの劇場になります。そして、年に1回、地方まわりのプロの劇団がやってきます。

中学ともなると、クラスごとに演劇を出し合うようになり、文化祭はぐっと本格的になります。クラブ活動の演劇部のメンバーは一躍スターです。

高校が、おそらく演劇文化のピークでしょう。私の地元東京ですと、都立国立高校の学園祭は有名でした。クラス対抗で競い合い、演劇部員は脚本家、演出家として活躍することになります。生徒の投票で優秀賞が決まるので、その点もとてもフェア。おかげさまで、大学浪人率が高いという評判まで生み出していましたが、卒業生が社会で活躍していることがそれ以上の教育効果があることを証明しています。

大学演劇ともなると、社会実験の場と化します。私のいた上智大学には、一番古い1号館という校舎の地下に小劇場があったのですが、単なる劇場を超えて、個人と個人の批評のぶつかり合いのような空気にみなぎっていました。

人は、社会において、複数の、すくなくとも自分のゴールの数だけ役割をもち、社会そして人生という舞台で本気でその役を演じきらねばなりません。当然、さまざまな軋轢や批判批評にさらされることになります。

ゴールがすごければすごいほど、現状からかけ離れていればいるほど、その批判批評は激しくなる。

そういった批判批評に対して強くなることは、そしてそれでも自分が心から望むゴールを持ち続けるには、教育期間に予行練習が不可欠です。そうした意味で、学校演劇は、民主主義的生涯教育において不可欠な要素といえます。

その必要性を、金融資本主義は見事にぶちこわしてくれます。「金のため」といった瞬間、どんなに有益な社会貢献、社会的役割もたいてい消し飛んでしまいます。それは、結果として演劇不要論に陥り、ショービジネス・レジャーといった消費としての演劇のみが生き残る羽目となります。

ところで、私が最初に体験したプロの演劇は1976年頃の劇団四季「美女と野獣」。ストーリーは全く覚えていませんが、東京文京区にあった三百人劇場の暗い劇場内と、本気の役者の熱気に恐れおののいた記憶は今でも鮮明に残っています。現在の劇団四季とは有り様がだいぶ違ったのだと思います。

それ以来、舞台が好きになりました。批評好きになったのも、舞台のおかげです。

実は、プロの演劇の本質的意義は、ショービジネスではありません。ショービジネスであれば、映画やスポーツ、コンサートなど、かわりがいくらでもあります。そして、ショービジネスであれば、批判批評は不要。お金を払うのをやめるか、行かなければいいだけですから。

演劇舞台には、演劇舞台の役割があります。

それは、「人生は舞台」であり、「役は仮の姿であり、いくらでも変えられる」ということを、生々しく教えてくれるということです。そして、仮だからこそ、いくらでも変えられるからこそ「批評」が大切だということを教えてくれることです。

演劇は、舞台作りの段階からスタートします。

支援者がいて、企画者がいて、脚本家がいて、演出家がいて、大道具、小道具の方がいて、演じる人がいて、観客がいる。

こうした一連の流れを体感するには、お金第一主義の商業演劇では無理。地方巡業ならぬ学校巡業してくれる演劇集団の存在が不可欠です。

話は飛びますが、かつては授業がとんでもなく上手な先生がたくさんいました。彼らの話術にはまると、まるで目の前に作者がいたり、外国の風景が見えたり、科学者がそこにいるかのような錯覚を覚えました。

今振り返ると、彼らは、役者経験があるか、舞台好きな先生たちでした。私の高校の恩師の歌原先生は古文の先生でしたが、文化祭では脚本を書いてくれていましたし、灘中の橋本武先生は宝塚ファンとして有名でした。

ところが、最近の先生ははっきりいって授業が下手くそ。私は、1990年代以降の金融資本主義の侵食しすぎと教育行政における演劇関係費の削減が大きな原因なのではないかと思っています。

その結果、「お金が大切」しかない、自分の役割を見出せない、貫徹できない、無責任な大人を生み出していきます。

演劇が廃れると、国力が衰える。

もちろん、音楽、服飾、絵画、彫刻、建築、食といったあらゆる文化活動は演劇文化の下にぶら下がっていますから、演劇が廃れると、あらゆる文化活動も低下していきます。

演劇活動は、寄付(みんなのエネルギーの出し合い)で成り立つもの。

教育と同じであり、教育の根幹をなすものです。

売り上げで成り立つものでは、元々ありません。

演劇を社会のど真ん中に据付けることで、一人一人の人生は一気に豊になります。