5月3日にジャーマンシェパードのサニー号を飼いはじめて、はや1ヶ月。

サニー号は、長野県富士見町のエリックファームに1月に生まれ、私が見たのは3月下旬。まだ3ヶ月に満たない時だったので、体重もおそらく10キロなく、兄弟5人といっしょに育てられていた。母親がエリック牧場の番犬でカリー号、ブラック&タン、そして、父親は村瀬ドックトレーニングセンターで災害救助犬として活躍しているオーラ号、ホワイトシェパードだ。

5匹そろってこっちを眺める子犬と目があったが最後。雄犬のガッツ号は災害救助犬として村瀬さんが育てることがすでに決まっていたので、残りの雌犬のうちどの子かをエリックに選んでもらい、もらい受けることにした。

それが。

次に会った時には倍以上の体つきになり、うちにやってきた5月3日には21キロ。大型犬、はおろかジャーマンシェパードを飼う知識も心構えもできていなかった私は、あわてて情報収集をはじめた。ゴールが先で手段は後のいつもながらの泥縄式。すると、身近に飼ったことがある、という人が何人もいる。特に、美味しい魚を買わせてもらっている吉祥寺の魚菜屋のご主人は、幼少の頃、父親が30頭飼っていたことがあり、その世話をしていたとのこと。話をきいて、これまでのシェパードのイメージが一新し、スコトマ(盲点)がはずれ、とたんに世話がしやすくなった。つらかったりこまったりする時の原因は自分のスコトマ。そんなときは、みんなに聞く。本当に感謝感謝。新鮮な魚といっしょで、新鮮な情報・知識は活かしやすい。

そのジャーマンシェパードサニー号は、この6月10日に獣医のところで体重を測ったところ、23.5キロ。ひと月で2.5キロ増はそれだけですごいと思うが、シェパードにとっては増え方が足りないらしく、診断は痩せすぎ。確かに、餌を入れ食いしないで毎回残す。犬飼の先輩である後藤悠仁先生、その奥さんの文子さんのアドバイスで、鳥の胸肉の蒸したのを少し混ぜてたところ完食するので、しばらくは、これを続けてみようと思う。みなさん、これからも教えてください。

ところで、シェパードは、本当に賢い。当初、家の中に入れるなど考えもしなかったが、そして鎖なし首輪なしで放し飼いにするなって夢にも思わなかったが、魚菜のご主人のアドバイスもあり、家にいるときはどんなときでもいつもいっしょにいる。(いや、トイレシャワーのときは戸の外で、寝るときは寝室のふすまの外でじっと伏せをしているがそれ以外は)。我が家は完全な日本家屋で、畳はもちろん障子に襖、漆喰に木の柱という家なので最初はどうなることかと疑心暗鬼であったが、いまだに損害はなし。教えると、本当に覚えて、しかも忘れない。

ひと月に一度、村瀬ドックセンターの村瀬さんに指導してもらうことになり、6月6日にも行ってきた。村瀬さんの話は本当にためになる。今時の犬の訓練は、昔とだいぶ違うとのこと。ようするに、スパルタはやらない。今回特に心に残ったのは、遊びの中から取り出していろいろ覚えてもらうということ。運動も大切だが、頭の運動のほうがエネルギーを使うので、できるだけ遊ぶ。実際に並んで歩く、お座り、伏せ、こい、もってこい、待て、といったいわゆる服従訓練をガッツ号でみせてもらった。村瀬さんの著書にカラー写真で懇切丁寧に説明されていることを、そのとおりにやってもらっただけなのだが、実際に見ると見事すぎて感動する。その源泉は、遊び。すんごく楽しい。一流や最先端を目の当たりにするといつも思うのは、喜びや楽しさに満ち溢れ、「やりたくてやりたくて仕方がない」がベースになっているということ。はたからみると、あそんでいるだけ。そして「ベタ褒めしないこと」と注意を受けた。ベタ褒めするのは、本当にすごいことをやったときにとっておくのだそう。

これは人間にもあてはまる。

思い浮かんだのは「いいところを褒めて伸ばせ」という教育メッセージ。これは脳機能科学をベースにしたコーチング理論にも見事に反している。

つっこみどころは3点。

ひとつめだが、まず、いいところって何?ということ。それって教育メッセージを発する人の狭い主観であって、当人にとってはどうでもいいことがほとんど。言ってる親や先生にとっての「都合のいいこと」であって、多くは「扱いやすくする」のが目的。つまり奴隷化であって、すこしもいいことなんてない。そもそもhave toで脳が動くわけがない。逆に「やらないためにどうするか」と脳は考えてしまう。逆効果だ。

ふたつ目は、褒める効用。たいしたことでもないのに褒められるとマンネリ化する。場合によってはやる気がしぼむ。これは人間だけでなく犬もそうだと聞いてびっくり。テストの点数がよかったくらいで褒める親がいるが、まあ、そんなことで褒められたらやる気なくなるわな。あんたをよろこばせるためにテストうけとるわけじゃないんよ、こっちは、ってな感じ。

じゃあ、人間世界で褒められたら嬉しいことってなんだろうか、というと、やはり、未来のことや、広く人間社会のためになるようなことをしたときでしょう。でも、たいてい、未来のことや社会のことでは人は褒めない。私もあんまり、というか、その手のことで身近な人に褒められたことはないですね。まず、理解してないし理解できませんから、すぐ横にいる人は、未来のことや社会のことについては。どちらかというと「今、私にちょうだい」という人が集まってくるものです。

たとえば、社会貢献における寄付。寄付した話をすると、「よくそんなお金あるね」とか「大丈夫?、その団体」といった質問がされやすい。その裏には、「そんな金があるんなら、私におごってくれ、私に使ってくれ」っていう吹き出しが感じられる。だから寄付に関しては記名もしないし人にも言わない、PRがどうしても必要な場合でないかぎり。寄付をする人はみんなそうなんだと思う。

逆に、褒められないと行動しない、という、ふしだらな人間を生み出さないようにするためにも、褒める場面は選ぶべき。

じゃあ村瀬さんはどうしているかというと、意思通りガッツ号が動いてくれた場合には「OK出し」という感じでおやつをあげたり「よし」とか、舌打ちをしている。犬も指示されて動いたらそれがいいのかどうなのかフィードバックが欲しいから、それは必須だということらしい。

3つ目は、「伸ばす」という表現。これって、すごく傲慢な表現で、金太郎飴じゃないんだから、人は伸ばして伸びるものではない。親や先生が「俺のおかげでアイツはすごくなれた」と自慢したいだけでしょ、きっと。そんな親や先生や上司につかれたら大変。典型的なドリームキラーだからね。すぐさま距離をとるか無視するのがベター。

親や先生で大切なのは、本人がやりたいことをなるだけやめさせないということ。ようするに、解放するということ。ただし、死なない程度に。「それやっちゃ、死んじゃうよ、終わっちゃうよ」というところは、ちゃんと方向づけをするなり、場合によってはとめなきゃいけない。

優れた指導者がやっていることは、のばしているわけではく、ゴールに即して「できるだけ」のばなしにしているだけ。そのためには飯を食わせなければだめだし、やりたいことをやるスペースや時間の確保、もっとできるようになるための工夫や周りからつぶされないようにするためのさまざまな努力が必要だけどね。だから、伸ばすのではなく、勝手に自分で伸びる環境を「選ぶ、つくる、守る」、というのが脇にいる私の感覚。

そして、それをするためには、勝手に伸びるための現状の外側のゴールが必要。

そのゴールは、叶うかどうかなんてどうでもいい。

サニー号も一応家族ということで、家族のゴールに参加してもらっている。(本人がどう思っているかはわからんが家族のゴールだからいいとしよう)。

サニー号のゴールは「災害救助犬」。

できれば、災害は起きてほしくないけれど、地震・雷・火事・親父(今水害)が当たり前な日本なので、遭遇するもんだとおもっていた方がいい。

そんなときに、家族のためを超えて社会貢献してくれたら、サニー号をめちゃくちゃ褒めてやりたい。

そして、そのためだったら、できるだけ協力しようじゃないか、家族だもの。