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リライフ006 地方議員選挙に出よう!

第20回統一地方選挙の前半戦は4月10日、開票確定しました。総務省によると、41道府県議選の平均投票率は41・85%で、過去最低だった19年を2・17ポイント下回りました。9道府県知事選の平均投票率も、過去最低だった15年(10道県で実施)を下回り、46・78%となりました。

前回まで、「望む人生へシフトする」リライフには、民主主義という社会ベースが必要だという話をしてきました。しかし、この前半戦を見る限り、民主主義への意識はさらに希薄化されているように思われます。

では、どうすればいいのでしょうか。

一つは、実際に参加する、です。

身近なところで選挙に出る人がいたら、なんらかの手伝いをしてみるのもいいでしょう。地方選挙の供託金は30万円とハードルが低いですから、選挙に出てみるというのもいいでしょう。いざ立候補する、と考えると、別の視点が生まれ、シミュレート能力が高まります。

私も、提言を9つ考えました。

次回以降アップしますが、みなさんも「自分だったらどう考えるだろうか」とシミュレートしてみてください。

それでは、SEE YOU

リライフ005 安全保障問題での議員の重要性

前回リライフ004で安全保障シミュレートの重要性をお話ししました。「安全保障シミュレート」は、自分自身でやらねばなりません。安全保障シミュレートをする人、そしてその重要部分については、純自分産、純国産である必要があります。

それを担うのは、個人であれば、自分のマインド、日本国であれば、国会です。地域においては、地方議会議員。ちなみに地方議会政治は地域住民による自治が本旨ですから地方議員が外国籍でもかまわないと私はかんがえますが、国会議員は日本国籍が必須です。安全保障シミュレートは、自身で行う、が基本だからです。内閣府のメンバーも当然しかりです。内閣府メンバーに外国籍の人間がいる時点で、その国はその外国の傀儡政権だといえます。

さらに、現在日本国は、安全保障政策の転換を行なっているのですから、国会でさんさん意見をぶつからせる必要があります。「安全保障シミュレート」のための国会討論が行われるべきなのです。

それを避けて決定したり、他者のいいなりになった途端、個人であればその人の人生が預けた人の安全保障に利用されます。国家であれば、預け先の国の安全保障に利用されます。

ウクライナ戦争でもわかるとおり、国民にとって重要なことがトップダウンで決定されていくことは、安全保障上危険です。(逆に、決定をもとにシミュレートされた現場のオペレーションにトップが無作為に介入することは、現場のオペレーションを混乱させます)。

今、日本は台湾有事を現実問題としてかかえていますが、議会を通して安全保障上の問題を議論し決定していくことが大切であり、今こそ議会議員の真価がとわれます。

これは、地域においても同様なことです。

つまり、その地域のことは、その地域で安全保障シミュレートをし、政策決定することが重要だということです。

地域の決定を、国にまかせてはなりません。

沖縄基地問題では、沖縄県と国との間で意見の食い違いがおきますが、これは地方自治の本旨から当然のことです。国の安全保障政策上、沖縄基地は「必須」なわけですが、沖縄県にとっては基地は安全保障上「全くないほうがいい」とまではいわないまでも、身近なところにはない方がいいわけです。なぜなら、有事の際にはまっさきに「敵基地攻撃」されるリスクがあるからです。

原発をかかえる地方議会議員においても同様です、というか、すべての地方議会議員は、地域の安全保障問題について国とは別の視点で持つ必要があります。

実は、戦前は「地方のことは地方で決める」ではありませんでした。県は内務省管轄で、県令は国から任命されていました。つまり、巨大なピラミッドの下部に地方の府県市町村があったのです。それが法的に変わったのは戦後日本国憲法発布からです。しかし、変わったのは法の世界で、現実には自治省管轄の「機関委任事務」制度により、そのピラミッド構造は維持されてきました。そして、都道府県の首長も自治省出身者がなることが多かったのです。それが事実上撤廃されたのが2000年の地方分権一括法施行です。これにより、制度的には民主的な地方自治実現の体制が整ったといえます。とはいえ、そのなごりは残っています。徴税や地方債発行等まだまだ解決すべき問題はありますし、地方議会議員の成り手がいない問題や地方議会の在り方等、理想と現実の間でゆれている20年間だといえるでしょう。

これは、個人においても同様です。昭和の高度成長期までは、はっきりとしたピラミッド型の社会がありましたが、平成に入り大きく変化しました。平成時代を通して、「資本主義」は強力になっていく一方、民主主義への意識は希薄になっていきました。しかし、個人の思想の自由や職業選択の自由をはじめとする自由権は、民主主義が大前提となります。いつでも、望む人生を生きるためには、社会のあり方についての意識、社会参加が重要なのです。

それでは、SEE YOU NEXT !!

リライフ004 安全保障は自ら自ずから

幻想からの目覚めは、人に多くの衝撃を与えます。

あるはずのものが、ない。あるいは、ある。

あってほしいものが、見つかる。

あってほしいくないものが、見つかる。

起きてほしいことが、起こる。あるいは、起こらない。

起きてほしくないことが、起きない。あるいは、起こる。

実は、人は何がしかの「幻想現象」の中に生きているのですが、強烈な幻想現象から覚めた時、よかれ悪しかれ衝撃をうけます。

感情が動くだけならばいいのですが、そうした情動と人間の行動はリンクしています。

その結果、泥縄式にさまざまな物理行動・現象をひきおこしてしまいます。

そこで、人類が生み出してきたひとつの技が「安全保障」というアイデアです。

まず、安全保障、という日本語ですが、英語に直せば、security。国家に対して使われれば、国家安全保障、つまりNational securityという連語で使用されます。

国家安全保障を平たく言えば、「国家の独立や国民の生命・財産などに対して何らかの脅威が及ばぬよう手段を講じることで、安全な状態を保障すること」。国防と「ほぼ」同義語です。

この定義からすると、ウクライナ戦争前から大統領をつとめるゼレンスキー大統領は、ウクライナの国家安全保障政策上すでに歴史に残る大失敗した大統領といえます。この点は重要です。どんなにゼレンスキー大統領が勇ましい話をしようとも、アメリカのマスコミが彼を英雄視しようとも、国家安全保障の視点からすると最悪な人物だということです。

で、ちょっとわかりにくいのが、この保障ということばです。読んで字のごとく、障害のないように保つこと。わかりやすくいえば「転ばぬさきの杖」を保有すること。

ですから、「国家の独立や国民の生命・財産などに対して何らかの脅威が及ばぬよう手段」のこの手段は、多種多様です。ここは重要です。

というのも、たとえば国家安全保障であれば、安全保障=国防=自衛隊=軍事力という安易な連想ゲームがおきやすいからです。

そんな直線的思考ではないのです。

直線的思考が危険な理由のうちのひとつ、それは、そもそも、ものごとが成立するのには、さまざまな要素が絡み合い、決してわかりやすい一要素により成るわけではないからです。仏教用語でいえば、縁起の思想です。

ですから、「国家の独立や国民の生命・財産などに対して何らかの脅威が及ぶ」ことと何らかの事象が結び付かぬよう、常に、あらゆる関係性(縁起)を築いていく必要があるのです。

ウクライナ戦争でいえば、戦争が起きた時点で、それ以前の様々な政策を通して、ゼレンスキー大統領は安全保障政策に失敗したといえます。ですから、戦争勃発時点で国民は大統領辞職を促し、戦時内閣をあらたに組閣すべきだったでしょう。なぜなら、戦争を招いた政策を「複合的・総合的」に行ったのはゼレンスキー政権であり、その政権が戦時政権を継続して担えば戦争拡大がすすむのは火を見るより明らかだからです。戦火は、かかわる人すべてのそれまで描いていた未来を一瞬で幻想化してしまいます。

リーダーの資質として最重要なものは、目立つ成果ではありません。その集団に対する「安全保障」責任です。

常に修正可能なように、さまざまなシナリオを想定して、一つひとつの政策に埋め込む、あるいは対処しておく必要があります。

安全保障に関していえば、「独立や生命財産に対し」自らの任期のみならず、その後100年くらい何も起こらなければ成功なのです。

そして、ここが重要かつ問題なのですが、安全保障にかかわる人間は、うまくいけばいくほどその時点では評価されません。時として恨まれます。

しかも、安全保障をやるほうは大変です。ありとあらゆるシナリオを描き、そこに対してコスト意識をもって対処しつづけなければならないからです。

この「コスト意識」は大切です。

なにせ、「何事も起こらない」ようにするわけですから、できるだけ目立たないように、最小限のコストで結果を出さねばならないのです。

難しいのは、この「結果への評価」。国家安全保障の結果とは「何事も起きない」のですから、なんだか禅問答のようです。

シミュレートにシミュレートを重ねる必要があります。

そして、いくらシミュレートしても、たいてい「想定外」のことがおきます。

ただし、想定外のことはおきますが、この、「安全保障シミュレート」をしておくと、想定外事象に対しても次のシミュレートができるので、大騒ぎせずにすみます。これが、復興、リライフにとって重要なことなのです。

よく、問題を次から次へと起こす人がいますが、多くの場合「安全保障シミュレート」不足な人です。

安全保障シミュレートをする人は「問題を提起する人」です。

安全保障シミュレートは若い頃から習慣にする必要があります。そして、成熟した社会におけるビジネスにおいては必須です。

この必要性は、個人でも国家でも同様です。

普段からの安全保障シミュレートが、リライフに重要だということがおわかりいただけれたら、次に進みます。

それでは、SEE YOU NEXT !!

リライフ003 幻想から目覚めたら

ある幻想にとらわれ、ある日突然その幻想から目覚めさせられた時、人は愕然とします。

幻想はさまざまです。そして、幻想から覚めるタイミングもさまざまです。

見えていなかった現実、見たくない現実に直視せざるをえなくなった時がその時です。

あるいは、いままでの生活や事業が、天災や死、崩壊によってなくなってしまった時も、その時です。

シンデレラ世界では、24時の鐘でコーチャンフォー(4頭立て馬車)がねずみとかぼちゃにもどります。

金融世界では、いつもどこかで(それも頻繁に)、もっていた債権が一夜にして不良債権になったり、紙幣が単なる紙切れになったりします。

人によっては、幻想が覚めることで恐怖やパニックを起こします。

他人の幻想をおせっかいで安易に目覚めさせようとすることの危険性は、昔から警告されてきました。

「寝ている子を起こしてはならない」

とはいえ、危険な状況で目を瞑っていたら、それこそ危険です。

そこで、普段から持つべき考え方のひとつが、「安全保障」です。

当人にとって、大切な何かが失われたとしても「安全保障の観念」があれば新たな人生を切り開くことができる、つまりリライフできるからです。あるいは、そうした危険性を回避できるからです。

ちょっと唐突ですが、「人権保障」とは、人類が長年かけて生み出してきた安全保障のいわば「作品」です。

(日本でいえば、日本国憲法の根本思想である「基本的人権の尊重」〜いわゆる身体の自由、経済活動の自由、信教の自由といった自由権をはじめとするものです)

とても重要なキーワードです。

リライフと安全保障と人権保障、そのつながりは唐突すぎるとおもいますので、まずは、次号以降「安全保障」について考えてみたいと思います。

それでは、SEE YOU NEXT!!

 

リライフ002  幻想に気づいた時こそリライフ

「成功法則」「どうしたら人生うまくいくのか」「不労所得でリッチになる法」

こうしたいわゆる「成功法則」「自己啓発セミナー」ブームは2019年という年を頂点に向かって右肩あがりでした。

でも・・・

という話を前回 (リライフ002)でしました。

私はこの10年間コーチとして活動し、セミナーを開催してきましたが、この「2000年代自己啓発ブーム」の波に乗ってきたわけではありません。実は自己啓発ブームに巣食う「何か」と闘ってきました。

その何か、そのブームの根底にあった大前提とは何か。

それは、「何もしなくてもいくらでもカネが使える人生を送れる」=「労せずカネが手に入る手段を得る」という欲求への煽りです。言葉をかえれば「まずは、カネありき」という社会的雰囲気です。(商業において、マネーシステムが重要であることはいうまでもありません。ここでいうカネは、ゲンナマ至上主義です)。

最初にいいますが、「そんなのあるはずない!」です。それを煽るのは、騙し、詐欺です。(これは、詐欺を見破るポイントになります)。

ただし、ひとつだけあります。

あるのですが、それはあなたや私が手を出してはならない領域で、そもそもそれを個人がやりますと犯罪ですので、ここではとりあげません。

「まずは、カネありき」と闘ってきた理由はそれだけではありません。

たまたま、私も「何もしなくてもお金が使える人生」を一定期間送ってみてわかったことですが・・・

何も変わらない、どころか、つまらない。

それってローマ時代でいえば名誉市民、現代でいえば年金生活者のようなものなのです。

年金生活者になれば、幸せなのでしょうか。

答えは、?です。

それって、男だったら幸せか、女だったら幸せか、日本人だったら幸せか、アメリカ人だったら幸せか、みたいな話です。

当たり前な話ですが、男だから幸せ、女だから幸せ、年金生活者だから幸せなわけではありません。男の中に、女の中に、年金生活者の中に、幸せな人もいればそうでない人もいます。

そもそも、幸せな年金生活者の人は、「自分は年金生活者になりたくて、頑張ってなって、すごく幸せだ」という人はいないでしょう。それは、社会システムの中で、結果のひとつとしてそういう状態になったか、その状態を選んだわけで、幸せな当人は年金生活者であろうとその前だろうと、やりたいことをやり、手に入れたいモノに囲まれていることでしょう。

お金は目的ではなく、あくまでも対価交換の手段です。

こうした幻想は枚挙にいとまがありませんが、幻想だとわかり目が醒めると、愕然とします。

多くの人は、それを恐れて幻想の世界へと戻っていきます。

しかし、戻る必要などないのです。

たった今から新たな人生をはじめる、リライフすればいいだけです。

それは、いつ、どんなときであってもOKです。

SEE YOU NEXT!!

リライフ001 -どんなに窮地に陥っても

「成功法則」「どうしたら人生うまくいくのか」「不労所得でリッチになる法」

こうしたいわゆる「成功本」「自己啓発セミナー」は2019年という年を頂点に向かって右肩あがりでした。

でしたというのは、その後、中国武漢を発端に世界的にコロナパンデミックスが起きたからです。

それから3年がたち、現在どうなっているのかというと・・・

本当に、成功する方法、自己啓発する方法が求められる時代になった!ということです。

なにしろ、コロナとワクチンでたくさんの人が亡くなっています。自然人口減少率が過去最多だったということは(政府は因果関係は不明と表明していますが)一つの現れといえるでしょう。

それだけでなく、ウクライナ戦争がおき、インフレがおき、「コロナが終われば元に戻る」なんて悠長な状況ではなくなっていました。

実は、日本は失われた30年といわれる平成を通して、昭和景気の「現状維持」のために、さまざまなハリボテ、お化粧を試みてきました。

そして、本当に必要な改革をしそびれてきました。

その化けの皮を剥がしてしまったのが「コロナパンデミック」だったというわけです。

ですから、ハリボテだらけの状態に戻るなんて、はなから無理な話なのです。実は、皮が剥がれた「元」に戻った姿が現在なのかもしれないのです。

というわけで、本気で「リスタート」「リライフ」をする時代になったというのが、私の実感です。

それも、個人や企業だけでなく、政治システムも、経済システムも、たいていの何もかも、です。

では、そうした「リスタート」「リライフ」といったいわば革命をしながら、より私やあなたが、そして社会が「リッチ」であり続けるにはどうしたらいいのでしょうか。(ここは、実は大切です。特に、個人と社会は切ってもきれない関係ですから。「あなただけ、社会だけがリッチになる」なんてことは「永久機関の発明」くらい無理な幻想です)。

答えは、「マインドの強化」。これにつきるのです。

恐怖も、心配も、不幸も、貧困も、すべて心が生み出します。

その反対である、勇気も、幸せも、豊かさも、すべて心が生み出します。

失敗・成功といったことまで、人の行為の結果は物理現象としてあらわれますが、原因は心が生み出します。

「すべては、マインドから始まる」のです。

ここさえ心の底からわかっていれば、大丈夫。

あとは、マインドの使い方を学びつづけ、実行しつづければいいからです。

そう、マインドの「強化」とは、様々な抽象度でのマインドの「使い方」をしり、マインドを「使いこなす」ということ。

決して、固くて大きくて何があっても壊れない鋼鉄のような物体をつくる、とかいうわけではありません。

脳の機能面、つまり機能という視点から脳をとらえた「心」=マインドについて知り、その機能を状況に応じて使い倒せるようにすればいいのです。

SEE YOU NEXT!!